バーティ&ジーヴスもの

比類なきジーヴス (ウッドハウス・コレクション)

比類なきジーヴス (ウッドハウス・コレクション)


新聞かなにかの書評欄で雑誌の編集長のお勧め本が紹介されていて…活字倶楽部編集長が推してたのがこれ。普段海外物はまず読まないけど、「かつくら」で「若旦那と執事のコンビ物」ならハズレはなかろうと思って買ってみたらほんとに当たりだった。まぁ面白い!
1冊目はこんな気難しそうな(そうか?)題ですが、続巻は「それゆけ、ジーヴス」だの「よしきた、ジーヴス」だのちゃんとアホっぽいタイトルがついてるので大丈夫です。


至って育ちがよくそれなりにインテリである独身有閑ぼんぼん(ウースター家は征服王と一緒にやってきたとか言ってるけど貴族ではないらしい。このへんの身分のことは私にはよくわからない。とりあえず不労所得で悠々遊び暮らしている)のバーティと、何でも知ってる執事のジーヴスの話。絶妙なやりとりが大変愉快な主従。腐った女子の人達向けかと言われるとよくわかんないけど…。いやでも腐った女子の人達は椅子と飛行機以外は何でも食べるし…案外いけるのかもしれない。


語り手であるバーティは、本人も自他共に認める相当なバカではあるものの、それを上回るアホで奇天烈極まる親友たちや無理難題を山ほど送り届けてくる叔母たちのお陰でしょっちゅうスープに浸かる(=困り果てる、途方にくれる、という慣用句らしい。読んでるうちに癖になる表現だ。あと「よしきた、ホーだ」とか。)。で、ジーヴスに泣きつくと、彼は飄々とたちどころに解決してくれる。バーティはジーヴスがいないと一日だってやってけないらしい。ちなみにへこんでる時にお風呂でアヒルを発見してうっかり遊んでしまったりする。
ジーヴスはというとバーティのことを「精神的には取るに足りない」とか言うし封建的忠誠心に篤いわけでもなさそうだし主人とは調教すべき馬のようなものらしいしバーティお気に入りの紫色の靴下だの真紅のカマーバンドだのを巡って冷戦状態になるし主人を出し抜いてしれっとしてることもあるけど、バーティが心地よく生活できるように全てを完璧に整えてくれるし、困った事態からはちゃんと助けてくれる。この賢者がなんでバーティに仕えているのかよくわからないけど本人の言うにはバーティはなかなか理想的な主人であるらしく、それにちゃんとバーティのことが好きらしい。よかったよかった。確かにバーティは自分のバカを自覚していて屈託なくジーヴスの頭脳を頼りにするし、意地を張った後でも間違いを悟れば即素直に謝ったり感謝したりできる美質の持ち主で、ジーヴスにとっては得難い主人なのかもしれない。という訳でジーヴスはその快適な独身世帯を維持するために、養子を取ろうかと思いついたバーティをこっそり落とし込んだりもする。


翻訳物は訳文の日本語が心地良くないことが多いので好きではないのだけど、これは大丈夫だった。むしろ、流れもいいししょうもないことをわざと重々しく言う文体が大変好み。「やつはさかな顔だったか?」「さようなことは申し上げかねます、ご主人様」「でも似てただろう?」「何かしら魚類との相似が認められるものと思料いたすところでございます」みたいな感じの(上記は捏造です。こんな調子の会話はよくあるけど)。文春版と一話目の冒頭数ページのみ読み比べてみたけど、断然国書版の方が好み。平易なのは文春、リズムと技巧を楽しめるのは国書だと思う。


日本語では執事になっているけどジーヴスはButlerではなくValet(Gentleman's personal gentleman)だそうで、ああ伯爵カインのニールおじさんが何か言ってたなあ…。Butlerは家屋敷全体の統括をする人で、Valetは貴人の身の回りのお世話全般をする人、か?ロンドンで気楽に遊び暮らしてる独身男性ならValet一人雇って全部まかせとけばいいってことか。確かに着換えの手伝いからアイロンから飲み物の用意から一手に引き受けているらしい。リフのしてることってこんな感じよね。主人てほんとに自分じゃ何もしないんだ…。てことはカインがロンドンで自分界隈のことを全部リフだけにさせてることはそれなりに普通かもしれないけど(いや家格を考えたらやっぱ執事と従僕は別に必要か)、伯爵家全体の管理もさせてるらしいとこが普通じゃないのね。とかそういう大英帝国の生活ぶりを考えるのもちょっと楽しい。